名古屋城は徳川家康が九男義直のために諸大名を動員した「天下普請」によって築城したもので、以降は徳川御三家の一つでもある尾張徳川家17代の居城として明治まで利用されました。
大天守に上げられた金の鯱は、城だけでなく名古屋の街の象徴にもなっています。
明治維新後も大小天守と櫓、門、御殿などの一部は残存していましたが、太平洋戦争の名古屋大空襲(1945年)によって大部分を焼失しました。
現在は、天守などが外観復元され、名城公園として整備されています。西南隅櫓や東南隅櫓など、いくつかの建造物が戦災を免れて現存しており、国の「重要文化財」に指定されています。
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